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カート・ヴォネガットが亡くなって、はや1ヶ月が過ぎた。彼の死に関する日本国内の報道はえらく地味で、そのことに言及したメディアは限られていたようだ。 科学者のヴォネガットの兄は、広島原爆投下がアメリカ国内で報道された直後、新兵器がいかに従来の爆弾を上回る酷い被害を及ぼすかを洞察し、そのことを弟に説いて聞かせた。 弟は自身の体験に兄の話で理解した投下後の惨状を加味して「スローターハウス5」を著したというのだから、これは冷遇といえまいか。
はなはだ辛辣な諧謔に満ちたヴォネガットの著作は、決してブラックではないシニシズムと背中あわせのヒューマニズムに裏打ちされているように思われる。 「プレーヤー・ビアノ」は、日本では近年の話題、かの国では既成事実に等しい社会の二極化現象をスラップスティックタッチで描き出している。 Vonnegut who? という方も多いであろう一方、彼には大勢の熱心な読者がついている。 私自身はといえば、全著作を読むほど熱心な読者ではないし、いまもそうである。 おまけに、こんなに歳をとってから(いくつだ?)ヴォネガットを読んだ人間はあまりいないだろう。シュールなヴォネガット節に対する支持は、まずは若い人々からはじまったのだから。もっとも、ネットを徘徊していると、若いころほどの感銘はもう受けない、という意見にも行き当たる。 アメリカの良心がひとつ失われた、陳腐だが、私はそんな感慨を抱いている。 既知の方にはお目ざわりだろうが、ヴォネガットの横顔をざっと述べさせて頂くと、ドイツ移民の両親のもとに生まれた彼は第二次大戦で欧州戦線に送られ、バルジ大作戦の際に捕虜となり(出自からすると皮肉なことだが)ドイツの、あのドレスデンの、地下屠殺場に収容された。正確な死亡者数不明といわれるドレスデン大空襲で落命を免れたのは、そのような場所で使役されていたためで、一連の苛烈な戦時体験は著作のそこかしこに垣間見える。 ジョン・アーヴィングはヴォネガットがアイオワ大創作科で教鞭を執っていたときに影響を受けた学生だそうで、「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」の飛んだ舞台設定や不条理な暴力性は、なるほどそのためだったかと頷くことはできる。 村上春樹もまたヴォネガットの影響を受けた一人だそうだが、どんな風に影響を受けているのかは、村上作品を読んでいない私には残念ながら窺い知ることはできない。
実のところ、ヴォネガットの著作を手にすることを私は長い間ためらっていた。 一般的にはSF作家に位置づけられていたし、フレデリック・ブラウン、ブラッドベリ、アジモフ、もっと古くはジュール・ベルヌ、ドイル(一部の著作)、星新一、筒井康隆などを除き、SFは私の苦手だったからだ。しかし、ヴォネガットを読んでみたい気持は引きずっていた。タイトルに挙げた2冊と「母なる夜」、「猫のゆりかご」、「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」をまとめて通販で取り寄せたのは、つい半年ほど前のことだった。間一髪。どういうわけか、存命中に読めてよかった、と思うのである。
ヴォネガットは、これまた辛辣な自筆のイラストを作中に挿入することでも話題になったが、小説家として円熟するにつれて描くことにも本腰を入れるようになった らしい。そのきっかけは、画業でも知られていた(のだそうな。寡聞にして初耳)ノーマン・メイラーとテネシー・ウィリアムズをフィーチュアしたイベントへの参加を持ちかけられたことで、描くことは書くことからの一種の解放でもあったとか。 公式HPには、彼の構想になる原画を、親しかったシルクスクリーン専門家がその人自身の意見も採りいれて創出した作品のいくつかが載せられている。 アンディ・ウォホールやリキテンシュタインより個人的には好ましいというだけで、論評はとても私の手には負えない。 (wakkoさ〜ん、美術系最難関学府出身の画家でもいらっしゃるあなたなら、と思いますで〜)。
さてさて、こちらは読書感想のコーナーである。んで、あんたは読んでどう感じたわけ?と問われるとひたすら面目ないのだが、想像力と創造力を駆使して自在に羽ばたくがごときヴォネガットの著作を云々することもまた、私の手にあまる。 ただ、アメリカにはこんな作家もいたのだと言いたかったのデス。
すみません、以上とりとめもない受け売りのまま、無責任に失礼させて頂きます。
by キャットウーマン
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